くるま道場どうじょう上野別堂うわのべつどう

     


 
車の道場は北陸路における祖師聖人随一の御旧跡、真宗の初転法輪の地であって、聖人流罪途上の輿車に因んで「車の道場」とよばれ、現在は上野別堂とも称し、本山の別院となっている。
 地方の豪族波多野景之(法名空然)が己の茶寮を道場に改め、聖人の第五子道性(幼名有房益方入道)を請うて住職たらしめた。別堂に安置する本尊は慈覚大師の直作の阿弥陀如来であって、これは宗祖聖人御形見の背負の御木像である。本堂は京都帝国大学工学博士天沼俊一氏の設計により復興された。総桧48本の柱を以って築かれ、室町時代を模した寝殿造りである。前庭には往時の古井戸を残す。


   『音なくて涌井戸あふる春の水』
            句仏上人